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「これでよし」と最初から決めていた

by itayayukari

2010年7月31日。勤めていた銀行を退職した。あれから7年。勤めていた3年間よりも辞めてからの方が随分長くなった。銀行を辞める事に対して、周囲からの反対はさほどなかった。ただ、転職ではなくって、独立をするという事に、周囲の反応は「え?」と言う感じだった。

「独立ってさぁ・・・なんか経営者みたいな感じの人がやる事でしょう?」と言われた事も。

 私は、大学の頃に大学院に行って臨床心理士になるのかどうかを迷った時に、新卒で就職をして、2年か3年したら、退職して誰でも行けるカウンセリングルームを作ろうと決めていた。そんな訳で、自分の中では何の不思議もなかった。寧ろ、企業に勤めていることの方が不思議だった。

私は毎日、辞めない選択をしていたけれど、ある日「辞める」選択をしたと言うだけだった。

周りの人は、銀行員を辞めることで失う収入や社会的なものを心配してくれているようだった。
辞めることで失うこともあるけれど、昼間の時間を好きに使えることの方がワクワクしていた。
ずっと定年まで働いたとしても、それで得られる地位も収入もある程度想像はつく訳で、

それよりも、未知の未来を手に入れられる。全てをデザイン出来る事にときめいていた。

私は、「人が応援し合える社会を創る」事をしていくと決めていた。

それは、銀行に勤めていて、日々働いていても、私が根底に持っている想いなので、滲み出てくると言うのか、「人が応援し合える社会を創る」には微力ながらも繋がっているように感じていた。でも、もっと、目の前で、自分にしかできないようなことで、「人が応援し合える社会を創る」に参画したかった。

もし、独立してうまくいかなかったら、いつでも、企業に勤めれば良いと思っていた。

どこにいても、「人が応援し合える社会を創る」ことに繋げて行けるように感じているから。

今日まで、割とやりたい事が出来る環境にいることが出来て嬉しい。

銀行員をしていた頃は、世の中の「良さそうなもの」に自分を近づけて、それなりに幸せだった時期。

そこから、自分の軸を明確にして、自分の周りの世界を断捨離していった。

時間の使い方、お金の使い方、関わる人、何もかも変わった。
朝、6時に家を出て、会社で働いて、毎月旅行に行っていたOL時代とは大きく変わった。

趣味が仕事になったり、大好きだと思える人達と働くことを大切にしている。
応援できる人やサービスにお金を使うことが増えた。
ストレス発散でお金を使う事はなくなった。
経営者や個人事業主の友達や仲間が増えた。
個人事業主をして、1年ちょっとしてから、BBQで出会った人と意気投合してNPO法人を立ち上げた。

それが、sopa.jp
sopa.jpは最初、想いがある人が起業できるような仕組みを作りたいと思っていた。

ソーシャルビジネスとか、金融の側面が強かった。今のVALUを見た時は、

「ずっとやりたいと思っていたことを現実にしてくれた人がいるんだなぁ!凄いなぁ〜」と感動した。

sopa.jpを初めて6年。

アフタースクールの開業・運営支援から始まって、お金の有無に左右されずに子ども達にICTの授業を提供するリユースforきっず

県立公園の中での居場所作りであるサニースクール

区立公園で未就学の親子を対象とした「あそびのきち」
自分の想いを言語化出来るようにするための、自己理解から始まる言葉のおけいこ
自分の軸を明確にするための自分の世界を発現する

家族だけではない居場所のそとんち
毎年、新規事業を立ち上げているような感じになっています。

私の将来を不安がって、私の代わりに泣いてくれたり、

「会社を辞めて後悔すると思う」と言われ過ぎた事で、「これでよし」って言いたい、

言えるように頑張ろうと思って、ここまでくる事ができました。

自分で自分にダメ出ししてしまう事や湧いてくる言葉が強い時もあるけれど、自分が自分にかける言葉は自分で選ぶ事ができます。何の保証もないけれど、「会社を辞めて、良かった。これでよし!」と言う言葉を自分にかけてあげたかったのだと思います。

7年経った今も、「あの時退職して良かった」って言う事ができます。
事業をやっていく中で、次々と課題が見えてきて、その課題を解決するためのサービスや仕組みを作って・・・と言う事をここ数年は続けています。
これから先も未来は分からないですが、1日1日を後悔しないように過ごしていきます。


itayayukari
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